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 初夏のサクランボ、夏のモモ、そしてブドウと続く果樹王国、甲斐の国の稔りの季節もそろそろ終盤を迎えようとしている。山小屋周辺のわずかな平坦地に作られた棚田のような小さな水田が黄金に色を変え、そろそろ稲刈りも終盤だ。ケヤキやコナラ、クヌギなどの里の落葉樹がかすかに色づき始め、背後の山のミズナラ、ブナ、カラマツの葉の黄色も濃くなり始めるこのころ、もうひとつの秋の恵みが山から下りてくる。


 それが天然の山のキノコだ。裏山に続く奥山の最高標高地点は海抜2600メートルの北奥千丈岳。秩父連山の最高地点でもあるこの頂上から秋の恵みが下りてくる。春の新緑は里から山を駆け上がっていくが、秋の紅葉は逆コース。秋の恵みは奥山から里へ下る紅葉前線に寄り添うように標高を下げてくるのである。

 夏の盛りから山ではキノコが出番を控えている。里でもお盆のころからタマゴタケやナラタケモドキなどが雑木林の林床や切り株に点々と発生し、折々の食卓にのぼってくれるが、やはり天然キノコの本番は落葉樹の葉が色づき始めてからだ。マツタケなどの高級キノコはあちこち探し回ってもめったなことでは採れないが、市場に出回ることのない、しかもおいしいキノコが森にはたくさんあるのだ。

 山小屋を建てた十数年前から、秋になると付近の林を駆け回ってきた。スギやヒノキの植林地、つまり人工林に出る天然のキノコはほとんどないので、シーズン始めにはモミやツガ、ミズナラの森、中盤以降にはマツの混じるコナラやカンバなどの自然の森が探索の中心地になる。

 毎年10月半ばころには「キノコ祭り」と称して、友人知人を誘って天然キノコ採集に森を歩く。斜面を駆けずり回るので、足まわりを整え、帽子をかぶり、肩には小籠をかけ、手ぬぐい軍手で身を固め、大人も子どももいっぱしのキノコ採りのプロのようなかっこうでいざ出発。森に入ればあちこちから、「あったぞー」「見つけたー!」「これなーに?」「すごいー、やったー!」という歓声、嬌声、叫び声がこだまする。


 こうしてくたくたになるほど疲れて採集したあとは山小屋に戻って鑑定だ。キノコによっては下痢や嘔吐などの中毒を起こすものもあり、なかには死に至る猛毒を持つものもあるので、鑑定は慎重の上にも慎重を期さねばならない。これはぼくが責任を持っておこなうことにしている。食べるのが自分一人ならばたまには冒険もするが、たかが山遊びで仲間たち全員が中毒を起こして世間を騒がせてはなんにもならない。これまでのキノコ体験の蓄積をもとに、図鑑なども頼りに、怪しいものは捨てる、不明なものはけして食べないという原則を曲げない。


 なにしろ天然キノコの場合、成長の度合いや天候による個体変動がけっこうはげしく、傘の色が違ったり形状が異なったりなどというのは当たり前、そのうえ日本産のキノコの種類さえ、4000種という人もいれば、6000種以上という学者もいたりして、いまだに名前さえついていないものもたくさんある。菌類の研究は地味で、ノーベル賞などという華やかな世界とは無縁なので、研究者として進路を定める人がごく少ないのが現状なのだ。
 食菌として優秀な天然キノコは、人にもよるが、せいぜい40から60種類くらいだから、これらをある程度覚えてしまえば安心できる。縦に裂けるのはOK、ナスと一緒に煮ればOK、色の地味なのはOKなどという迷信を信じてはいけない。しっかりとした判別ができるようになるには、経験を積むしかないだろう。


 町中のスーパーマッケットにいけば、シメジ(本当はヒラタケ菌)、マイタケ、ナメコ、エリンギなどの栽培キノコが山と積まれているが、これらを汁にしても鍋に入れても、どういうわけか天然キノコのようなうまい出汁が出ない。自分たちで採集したキノコだという思い入れも当然あるかもしれないが、どこか成分に違いがあるとぼくは思う。栽培キノコのように薬品が使われていないという安心感もおおいにあるだろう。

 採集してきた天然キノコを焼いておろし和えにしたり、すまし汁にしたり、キノコ鍋にしたりして、ビールのジョッキ片手にわいわいがやがや、にぎやかに宴は果てない。どこぞの森で採ったマイタケはこんなだったと、両手を広げる間隔が自慢するたびに広くなっていくのは、釣った魚の大きさを語る釣り人と同じで、仕方のないことと周りはあきらめてうなずくしかない。生まれて初めてキノコ採りをした初心者に見事なクリタケの株を真っ先に採られたら、中級者は悔しさを押さえて褒めたたえなくてはならない。



 年ごとの秋に山小屋で恒例のようにおこなってきたキノコ祭り、キノコ教室は、深まる季節をしみじみ味わうとともに、いくばくかの人生の教訓も与えてきたのだろうと思っている。
(つづく)



埼玉県生まれ、東京都福生市在住。出版社において雑誌・書籍の編集職を経て、現在フリーランスで文学、歴史、芸術、ノンフィクション関連分野の書籍企画編集に携わる。山岳、渓流、里山、海外辺境などの分野で写真およびビデオ撮影を継続中。また主にユーラシア各地の民族楽器を蒐集、演奏し、最近はアイルランド伝統音楽の演奏に取り組んでいる。
ブログ http://fuefukin.exblog.jp/ http://somaguchi.exblog.jp/





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