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マチェラータ/LA・CASEを出発したのは、朝早く発つ予定だったが大分遅くなってしまった。街中のスーパーによって、飲み物など買った。

それから山道や高速を乗り継いで、ローマまでは約4時間のドライブだった。
途中、ペルージャからの高速にでる手前、山道の頂上付近のBARで一休みしただけだった。

ローマ市内で高速を降りるまでは順調だった。かなりのハイスピードで走った。後で長女から、私たちを殺すつもりだったのかと、非難されてしまった。




予定していた高速出口を通り過ごしてしまったため、戻って反対車線の出口から出た。
出てからの道は、メモしていた道とは違う未知の道になった。そこからホテルへの道は、迷いに迷い、その都度、地元の人に聞くが、行き着かない。
迷路のような道、ほとんどが一方通行の道路、ホテルの場所も悪かった。バチカンから近い所だったが、そこまで行っても、そこから先のランドマークが無かった。
後、2,3キロの距離のところで1時間近くかかった。

ゴルフのグリーン上で行ったり来たりの状態だったが、やっと、ホテルにたどり着いた。チェックインを済ませ、荷物をおいて、すぐにレンタカーの返却と市内観光へと出発した。


ホテルからHレンタカーのバチカン営業所までは、メイン通りに面して営業所があったこともあり、迷うことも無く、スムースだった。返却予定時間にぎりぎり間に合った。
車を無事に返却し、本当に身も心も軽やかになる、素晴らしい解放感を味わうことができた。
レンタカー会社の不手際で、2500ccクラスの予定がコンパクトカーになったが、結果的には良かった。
旧市街やローマ市内など、狭い迷路のような道を走るのに、大きな車は足手まといだ。高速も車線の幅が狭い。大型トレイラーを追い抜く時など、車幅間があまり無く、窮屈だった。ベンツは小さくても、高速でも安定して走った。結構快適なドライブだった。


長女がローマは初めてだったので、目ぼしいところを観光した。
まず、バチカン/サン・ピエトロ寺院に行き、ダビンチコードのアリンガローサ司教の場面を思い起こした。

同じ作家/ダン・ブランの「天使と悪魔」では、新教皇候補の殺人が行われたのはここのオベリスクだ。

また、この寺院の地下には、迷路のような墓地があり、歴代の教皇が埋葬されているそうだ。




派手な衣装(ミケランジェロのデザイン)のスイスの衛兵は、世界最強といわれるだけあって、さすがに大きくて頑強な感じだった。

衛兵の採用条件はローマカトリック信者、身長1m74cm以上だとのこと。

サン・ピエトロ寺院は、大理石をふんだんに使い、大きく、頑丈な造りだ。彫像や絵画など、圧倒される美しさと迫力がある。
ルネッサンス期の優れた建築家や彫刻家、画家を結集して創り上げただけのことはある。
宗教の持つパワーを改めて、実感させられた。





バチカンを出て、タクシーを拾い、スペイン広場へ向かった。
階段に座ったが、ジェラードは食べなかった。

観光客でごった返す中、全身ゴールドの顔や服のパフォーマーや白い袋を被った大道芸人などが頑張っていた。
ローマはさすがに芸術?の街だ。


スペイン広場から、歩いてトレビの泉へ。
ローマの超人気スポットだけのことはある。若いカップルや国際色ゆたかな観光客で、溢れかえっていた。

暗闇に浮かび上がるライトアップされた噴水と彫像、それに記念写真を撮るストロボの閃光がアクセントになって面白かった。

いきなり雲行きが変化し、夕立になった。私たちは、小雨がぱらついた瞬間、レストランを捜し、並びにあったピザレストラン(タベルナ)に飛び込んだ。私たちはすぐテーブルに案内されたが、数分後には満席になり、激しい雨の中、道を走る人々が大勢いた。
食べ終わった頃には、幸いにも雨は上がっていた。


トレビの泉を後に、世界で最も美しい広場と言われているベネチア広場へと歩いた。
宮殿のようなヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂と彫像たちがライトアップされ、ダイナミックで、美しい姿を見せてくれた。


それから、フォロ・ロマーノの古代遺跡の脇を通って、コロシアムへ向かった。


コロシアムもライトアップされ、勇壮な姿を浮かび上がらせていた。
拳闘士同士の命を懸けた闘いや猛獣との闘いなど、むかしに映画で見た場面を思い出しながら、コロシアムを一周して、またベネチア広場まで歩いた。
広場のタクシー乗り場でタクシーを拾って、ホテルに戻った。

結構歩いたせいか、小腹が空いたり喉が渇いたりで、マチュラータのスーパーで買ったメロンを切って食べた。果汁が豊富で甘く、喉の渇きを癒すのに絶好だった。


翌朝、目が覚めたら出発の15分前。迎えのワゴンタクシーを7時に呼んでいた。それぞれが慌しく荷物を詰め込んで、タクシーに駆け込んだ。15分遅れの出発になった。運転手は30歳前後の背の高い好男子だったが、我々の遅れを取り戻すかのように、空港への高速道路をスピード上げて走って行った。我々のフライトには、十分な時間があったのだが。

梓は空港まで送ってきて、我々を見送り、4時間強列車に揺られ、マチェラータに帰っていった。それぞれに、別れは辛かったようだ。
後日、梓からは「私が好きな畑を歩くと、皆で歩いた時のことを思い出せて、慰めになるよ」とメールがあった。


梓がどんなところで研修しているのか、どんな暮らしているのか、それと励ましと。ただ、梓の居るレストランを訪ねる、娘に会いに行く、のんびりしたイタリアの旅になるかと思っていたが、結構忙しかった。
梓はレンタカーがあるのであれば、以前から訪れたいと思っていた幾つかの旧市街に行きたいと計画したからだった。しかし、それでも、トスカーナやマルケの田舎を走り、時代から取り残されたような中世の街を訪ね、気分はのんびりだった。
しかし、自分たち歴史や文化を大切にし、自分たちの身の回りに豊かな自然を味わい、自然の恵みを受けて育った地元の食材で調理された料理を食べ、スローライフを満喫している人たちに触れ合い、都市の喧騒を忘れ、何に生きる快感があるのか、満足感が得られるのか、考えさせられた旅でもあった。



旅人・中西祥司
外資系医学新聞社を経て、ヘルスケア領域を専門とするマーケティング&コミュニケーション・エージェンシーの役員。営業企画・ビジネス開発を担当。現在、新製品(医療用医薬品)の上市プロジェクトで東奔西走中。今回は、ISO3200の高感度のデジカメが急に欲しくなり、ネットで購入して、持っていきました。エッフェル塔からの俯瞰写真のシャープな画像には驚きました。






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